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あおすたんぼーぶら あかちょこべー あきおとり あきがわき あくぞーもくぞー あずのきれん
あんぽんたん いっこくびより いっせん うらめしい うんてんばってん えーまんむいとる
おーばんげーな おおまん がーが かたじりかける こーずかとる ごりょんさん
さっさば しらす しろしか ぜんらくもん たい だんだん
ちっちくれて つば とっぺん どべ どろんけん どんたく
はすのはもん びげんじゃ ふく もーし    
           

【あおすたんぼーぶら】
 青い顔をして弱々しい人のことを表現しているのだが、「あおす」とは「あわす・醂す」から来ているもので渋を抜かれて精気を失い、萎(しな)びてかけている状態、または腐りかけた状態からのものと考えられる。
他に「みかけぼーぶら」もあり「ぼーぶら・かぼちゃ」は人の状態を表現する代名詞に使われることが多い。


【あかちょこべー】
 博多ドンタクのテーマソングと言われる「ぼんちかわいや」に出てくる言葉。指先で下目蓋を引っ繰り返して裏の赤いところを見せながら言う言葉で「ああ いやだ」の意だが、愛媛県松山市では舌を「ベーロ」と出すんだそうです。


【あきおとり】
 成長したのに幼児期より劣って見えることを指して云うのだが、古語「あげおとり(上劣)」の訛ったもの。「あげ」とは、髪を結い上げるつまり元服することで成人してもめないこと。同じような意を持つ「おいさんぽっぽー」もある。


【あきがわき】
 秋になって食欲が出ること。「かわき」とは乾燥して水気が無くなる事から、動物が、かわきを覚え、水を補給することをウエ(飢餓、空腹)にも転用して、病後の食欲をカワキという。(大言海・方言俗語語源辞典)


【あくぞーもくぞー】
 あらんかぎりの悪口を言うこと。大言海には“人のアラを言うこと。芥(あくた)藻屑(もくず)の意(後略)”と説明している。音調であくぞーもくぞーとなった。ストレスが蓄まり、人の瑕(キズ)をあげつらい、つい罵る現象は、昔もいまも変わりがない。「あくだんきる」は悪口を言う。


【あずのきれん】
 縁がきれない。決まりがつかないの意。「あず」とは「あぞ・山や畑の境界」が訛ったもので、境がはっきりしない意味が転じたもの。


【あんぽんたん】
 アホダラの擬音化したもの。薬の反魂丹になぞられたもの。洪水時の流木で橋桁の損傷を防止するため、橋桁の川上に設けられた杭(普段は役に立たない、転じて愚か者)。諸説あるが、博多を語る会では“忘八蛋”説。
〈仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌〉を忘れた者。蛋は中国の古代の蛮族の名。人間としての素養が備わってない者。転じて、愚か者。いずれにしても、罵り言葉。変形の言葉に「あんぽす」「あんぽんたんの川流れ」がある。


【いっこくびより】
 雨が降るかどうか判らない曖昧な天気のこと。物類称呼に筑紫ことばとして「降るゴト(5斗)、降らざるゴト(5斗)にて、1石日和」とある。つまり、5斗と5斗をあわせて1石にしたもの。


【いっせん】
 髪結い。明治の末期の頃、街頭で理髪を1銭で行なっていたことから、理髪や整髪を業とする人の代名詞となっていた。


【うらめしい】
 共通語の世界ではお化け用語だが、汚い。不潔だの意。リベートだ、賄賂だの政、官界の汚職事件は後を断たない。この面から考えると【裏飯好い】の当字も生まれそうだ。


【うんてんばってん】
 雲泥万里から転じたもの。大きな隔たりがある。正反対の意味。「二人ナ“うんてんばってん”やが“うんとーてんとー”(運道天道・自然の成り行きまかせる)しかないバイ」


【えーまんむいとる】
 そっぽむく。方角違いに向くの意味に使われる。永満寺(直方市)の山門が反対向きに建っているので、同調しない人のことを指して表現する。
「金龍寺(中央区今川)の仁王で、内向いてりきー(力)どる」という言葉もある。この寺の仁王像は後向きになっており、内弁慶の表現に使われる。


【おーばんげーな】
 大ざっぱ。鷹揚な意味に使われるが、方言辞典に宛てられた漢字を見ると、その意味がすぐ汲み取れる。【大番外、大盤げな(げな=だ)】。異音同意義語で“おおばちげーな”がある。


【おおまん】
 いいかげんなさま。語源は諸説ある。魚の行商人で大浜の万次郎さん、客の言い値で商いをしたとか。春日原の大野万吉さん、やることが度がはずれていたとか。博多の呉服屋の番頭で大野という人が、大ざっぱな返事しかしなかったからとか。いずれにしても確証がないが、人にまつわる話が語源らしい。


【がーが】
 魚の骨(幼児語)口の中や喉に魚の骨が刺さり、吐き出そうとして、たてる声から出た言葉。


【かたじりかける】
 いい加減な態度や落ち着かない態度をとること。物事に没頭しないこと。【片尻掛ける】片方の尻だけで腰掛けていてはまともには仕事をすることできないし、やる気があるのかないのか分からない。


【こーずかとる】
 主導権をにぎる。コーズカとは髪の束。チョンマゲ時代、頭頂部の髪束を掴めば相手を制する事が出来たところから。相撲では禁じ手となっている。


【ごりょんさん】
 商家の主婦、おかみさんの敬称。「御寮人」の転じたもの。どんたく、山笠と祭りが多い博多の街。大将(主人・店主)は祭りの期間中だけでなく前後にも店を留守にすることが多い。銃後の守りはごりょんさんの役目。店、家事の切り盛りを一手に引き受け、不平を洩らさず努める。これが出来ないようではごりょんさんの資格なしカカア(嬶)である。


【さっさば】
 仲良く連れ立って歩くこと。「裂き鯖」が語源。開き(干物)は2片の身が連なっている。二人が分身のように行動することを裂き鯖のようだといっていた。


【しらす】
 「れっぱ(立派)にしらいて、どこいきよんなざるとナ」着飾る。めかす。オシャレの意味だが。井原西鶴の世間胸算用(巻3)に「それそれの仕出し羽織」など、江戸時代は方言でなく共通語だったらしい。「しだし」の“だ”“が”“ら”と博多訛りとなった。


【しろしか】
 うっとうしい気持ちや、やりきれない気持ちを表現する時に使う。例として、「今年のどんたくは、雨の降って、しろしかった。」とつかう。


【ぜんらくもん】
 浪費者。無駄使いをするのにも先立つ物が無ければ出来ない。漢字を宛てるとすれば「銭楽者」となるだろう。汗水を流して稼ぐ人のことではないので、経済観念に乏しく、物に対しても価値観も薄い。


【たい】
 「そうたい」、「よかたい」などと、接尾語に“です”“よ”の意味で使われるが、モーコ(蒙古)語に同意義語で“tai”という言葉があるそうな。博多ことばとの関連は解明されていないが、ひょっとすると、このへんが語源かもしれない。


【だんだん】
 使う人も少なくなり、死語化しつつあるが、残して置きたいことばの一つである。「ありがとう」の感謝の意味。「いつもいつも」の意で使う地方もある。元々は京都の遊里ことばであったとか、従って発声も柔らかく。


【ちっちくれて】
 言葉を聞いただけでも、“慌てて一目散に逃げていく”その状況がうかんでくる。


【つば】
 唇のことだが、長時間の水浴で体温が低下し唇が紫色に変化している時、怖い思いをした時に「つばの色を失う」などと使う。唾が転用したものとされている。


【とっぺん】
 頂上のこと。“てっぺん”も使うが、この方は共通語。兜の上部の名“頂辺”から出たことばとされている。また岬などの先端のことを“とっぱな”と言うが共通語だ。英語のトップ(top)とは偶然の一致か。


【どべ】
 “どべこつ”といい、最下位。びり。の意。中国の清朝初期の歴史を満州語で書いた史書「満文老档」に最後、末、末端、終端などの意で“dube”という言葉が登場する(方言俗語語源辞典・山中襄太著)。


【どろんけん】
 酔っ払いのことだが、今様に云えばアル中のこと。実在の人物だが、昔、泥ん軒卯平というニックネームをもつ腕利きの大工がいた。狂歌の名人でもあったと伝えられている。アル中は嫌われるケースが多いのだが、卯平の場合はユーモアに富んだエピソードが数多く残っている。


【どんたく】
 オランダ語のzondagから来た言葉であることは有名だが、博多だけでなく全国に存在する。方言辞典によると、広島では「ばか」。頭を休める日という意味だそうだ。静岡県のある地方では「月経」。性関係を休む日という意味とのこと。いずれにしても休みの代名詞に使われている。ちなみに「半どん」も引用語。


【はすのはもん】
 「はすのはもんやけん、たこう(高く)てもしょん(仕方)なか」。際物。時節物。その時だけしか使わない物のことをさして云う。語源は盂蘭盆の時、仏壇のお供え物の下に敷く蓮の葉から出ている。


【びげんじゃ】
 貧乏人のこと。金持ちのことをふげんじゃ(分限者)と呼ぶことから、もじって、「非限者」とした。一種のダジャレだが、博多仁和加的発想。


【ふく】
 「ふぐ」と“く”を濁って呼ぶ人が多いが「ふく」が古く正しい。わが国最初の漢和辞書といわれる「倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)」(承平年間・931〜8)に「布久(ふく)」「布久閉(ふくへ)」の名があり、「箋注倭名類聚抄」(狩谷掖斎著)には「この魚は怒れば即ち、腹が大きくなる。だからフクと名づけ、それがふくべ(ひょうたん)に似ているからフクベと名づけた」とある。「フク(福)はよいが、ふぐ(不虞)ではね」と通の会話。


【もーし】
 他家を訪問する時や通りすがりに知人を呼び掛ける時「◯◯さんもーし」とか、単に「もーし」と声を掛ける。この「もーし」だが、「言う」の敬語で、武家言葉の「物申す」が語源。狂言に使われていたものが庶民にも普及したとされている。電話での「もしもし」も同類。の歴史を満州語で書いた史書「満文老档」に最後、末、末端、終端などの意で“dube”という言葉が登場する(方言俗語語源辞典・山中襄太著)。

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